20世紀初頭のドイツの美術思潮を支配したのは
表現主義である。それに先立つフランスを中心とした
印象主義は、外界の対象を自らの内に映しとること、すなわち外から内へという方向性を持っていたが、
表現主義はそれとは逆に、内面の感情や理念といったものを外へ向かって表出していくこと、すなわち内から外へという方向を持っていた。
キルヒナーは、このドイツ
表現主義を担った重要なグループ「
ブリュッケ」の主要メンバーである。橋という意味の
ブリュッケという言葉には「一つの岸辺からもう一つの岸辺へとつないでくれる」という意味が込められている。
ブリュッケは、1905年に結成され、13年には解散した。この作品は、その最盛期にあたる1909年から10年の作である。当時、原始美術の素朴な形態に興味を引かれていた
キルヒナーは、水浴する人々をテーマにした一連の
木版画を制作した。
遠近法に基づいた奥行きや空間のとらえ方は、ここでは否定された。そのために、人体も背景も同じ平面上で響き合っている。また、人体の各部分は、理想的なバランスがあえて崩されていて、ぎくしゃくとしたものとなっている。簡潔な形態は、素朴な力強さを持っており、青、赤、黄、緑、黒といった強い色面がそれをさらに強調している。 これらの形態や構図、色遣いは、もっぱら作り手の内面からわき上がってくる要請に応じて生まれたもりであった。それらは、外界の事物を写し取ろうという態度からは決して生じないものなのである。 さらに、これが
木版画であることが重要である。
木版画という技法が本来もっている、形態や色彩の素朴で力強い表現力が、制作意図とうまくかみ合い、この作品は生まれたといえるだろう。制作技法と作り手の感性の幸福な出合いをここに見ることができるのである。