起点としての「徳島再見」
「再見」という言葉も岩野さんが選んだものです。中国語の再見(さようなら)という意味ではなく、さりげなく自分を育んでくれた土地を見直そう、そんな気持ちからこの言葉が選ばれました。また、「徳島再見」と展覧会名では謳っているものの、徳島県全般をテーマとして「再見」するのではありません。まずは、岩野さんが高校卒業までを過ごした、三加茂のある県西部を軸にして、この展覧会は構想されていきました。
もっとも、岩野さん自身はワークショップに訪れるなどして、他の徳島の地域にも全くなじみがないわけではありません。今回の展覧会は3月で終了しますが、「再見」というテーマを携えて、徳島の他の地域はもちろん、遍路のように四国各地にまで広げていこうとする壮大な構想もあるのです。
それでは、まず、今回の岩野さんの出品作品から紹介しましょう。
まずは、冒頭で紹介した〈MENTAL CHAIR〉。この作品は連作で、今回は4点程度出品される予定です。続いて〈おやじの椅子〉。この作品も〈MENTAL CHAIR〉同様に椅子の形状をした作品です。ただし、〈MENTAL CHAIR〉の素材が鉄なのに対し、〈おやじの椅子〉の素材は大理石です。制作年も最初に〈MENTAL CHAIR〉が制作されたのとほぼ同時期の1993年。ちょうどこの頃、岩野さんは京都を引き上げて徳島に帰ろうか悩んでいた時期にあたります。結局は京都にとどまり今日に至るのですが、その時、郷里に思いを馳せて制作されたのがこの作品です。ですから、「おやじ」という言葉から当時、三加茂町に暮らしていた岩野さんの父親のことを想像することは難しくありません。そして、〈Man and Woman -天水-〉という立体作品も数点出品予定です。この作品は、タイトルが物語っているように徳島の人々がテーマになっています。岩野さんは京都で暮らし始めてから、京都ではあまり見かけない徳島の人ならではの体形があることに気づいたそうです。そして、この作品の輪郭は徳島の人々の特徴を表したものだと岩野さんは言います。その他、足の形にその場所との関わることを象徴させた〈Huge Foot〉を数点、トランポリンの布の部分に徳島の空をドローイングした新作もなど出品予定です。
現代作家 谷本天志、中西信洋
また、この展覧会の特徴として、岩野さん自身が出品すると同時に、「徳島再見」というテーマに沿って、彼が選んだ同時代の作家たちにも制作依頼しています。今回選ばれたのは、谷本天志さんと中西信洋さん。彼らは、これまでも岩野さんとともにグループ展に出品したり、ワークショップに協力したりするなど、いわば岩野さんの同志とも言える作家たちなのです。この二人は徳島に暮らしたこともなく、親戚縁者がいるわけでもありません。岩野さんは、徳島を知らない二人の作品を通して、自らを含め地元の人にはない視点での「徳島再見」を試みようとしているのです。
それでは、彼らのプロフィールを簡単に紹介しましょう。
谷本天志さんは1966年、大阪府の出身。1989年に京都市立芸術大学を卒業した後、1991年に京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻課程を修了しています。彫刻と絵画の違いはありますが、岩野さんとほぼ同時期に学生時代を過ごしたのです。そして、1980年代の末より関西の画廊を中心に個展・グループ展に出品しています。谷本さんも岩野さんと同様、異業種とのコラボレーションに取り組んでいます。例えば、第22回国民文化祭・とくしま2007美術展会場式においてオープニングコンサートを行ったマリンバ奏者、通崎睦美さんの本の装幀や舞台美術、彼女がプロデュースした着物のデザインなどにも取り組んでいるのです。
谷本さんは県西部の山岳地域に取材に訪れ、平たい変成岩を積み上げて築かれた家壁からインスピレーションを得た絵画と、彼が今暮らしている京都と徳島を行き来することをモチーフにした絵画の新作を出品予定です。
中西信洋さんは1976年、福岡県の出身。1999年に東京造形大学を卒業後、2001年に京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻課程を修了しています。展覧会への出品を始めるのは京都に来てからのことで、最近では東京の森美術館で開催された「六本木クロッシング2007」展にも選ばれ出展するなど、現在、注目を集めている若手作家の一人です。中西さんは彫刻を専攻していましたが、ドローイングや写真、映像など様々な方法を用いて表現活動を行っています。中西さんもまた県西部を取材しました。それに想を得たドローイングを直接壁面に行う他、写真の新作なども出品予定です。