特別展 自然を見つめる作家たち

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人と自然の間に   森芳功

 

人と自然の間に

日本の美術は、古くから四季の花や鳥、山や渓流といった自然の姿を表してきました。そこに人の心を重ね合わせたり、装飾性を加えたりするなど、自然の表現といっても多様なあり方が見られます。変化に富んだ四季の表情が、人々の感受性や考え方をはぐくみ、それぞれの時代の特徴をもった優れた自然表現を生みだしてきたのです。

 しかし明治以降、そのような日本美術のよさが少しずつ失われてきた面があります。西洋の新しい美術を見習うことで、もともとあったものが古く感じられたこともあったでしょうし、経済を優先する社会が、身近な自然を顧みる機会を少なくしたことも無視できません。いくつかの理由が重なりあって、人と自然、自然と美術の関係が薄くなってきたように思われます。

 その一方で、近年は、行き過ぎた環境破壊を反省する時代の流れとつながっているのか、自然に注目する作家(美術家)が評価されつつあるのも事実です。この展覧会では、今日活躍する作家のなかから、日本の自然観や自然表現の伝統を生かそうとする作家にスポットライトを当て、ご紹介したいと思っています。出品するのは、本田健(ほんだ たけし)、森山知己(もりやま ともき)、水口裕務(みなくち ひろむ)、大久保英治(おおくほ えいじ)、秋岡美帆(あきおか みほ)です。5人の作家は、地方に移り住んだり、山中を長期間歩いたりするなど、自然の表情を身近に感じることを大切にしています。かつて多くの人々が持っていた自然と人間の関係を、美術に取り戻そうとしているのです。

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たとえば本田健(1958年山口県生まれ)は、東京近郊の街で生活した後、岩手県・遠野に移り住みました。彼は、アトリエ近くの山中や、人と自然が共存する里山のなかを歩き、そこで体験した風景を、鉛筆(チャコールペンシル)だけで緻密に描いていきます。しかも何ヶ月もかけて、大きな画面に仕上げていくのです。たとえば、〈山あるき-五月〉(1996年)は、縦が2.2m横が3.6mを越える大きさがあります。実際の木や草よりも少し拡大して描いた効果もあって、作品の前に立つと、体が自然につつまれるように感じられます。この展覧会のための新作は、杉林の光と影を表した縦3m横4mもある大画面で、11月の山の空気を感じさせる印象深い作品となるはずです。鉛筆の黒と紙の白さによる表現は、どこか水墨画を連想させるかもしれません。

 日本画家の森山知己(1958年岡山県生まれ)は、東京から岡山県の緑豊かな町にアトリエを移しました。同じものを見ても、都会とは違って見えるといいます。空気が澄んでいるため、木々の緑の色も鮮やかに見え、微妙な季節の変化を生活の場で感じることができるというのです。自然に対する感覚が日々深まることは、彼の場合、古い技法や画材の背景にある自然の見方にも思いがとどき、新たな制作とも結びついているようです。現在の日本画では珍しくなっている絹の画面や自然素材の絵具を用いることもそうでしょう。展覧会では、絹を用いた作品を含め、春、夏、秋、冬それぞれの表情を表した作品を展示します。新作としては、祖谷渓谷をはじめとする徳島の山々に取材した、幅が7mを越す水墨画などを展示する予定です。

 水口裕務(1958年徳島県生まれ)は、現在京都にアトリエを持っていますが、各地の山や森、水のある風景を訪ねて歩いています。描くのは、作家自身がいうように、歩いているうちに出会った「名もない自然」です。山のなかで見つけた風景がどこだったのか、だいたいの位置しか分からない場合も少なくないようです。〈雨上がり〉と名付けられた作品は、雨のあがったすぐ後に、木の葉から落ちるしずくが、池に波紋をつくる様子を描いています。何気ない風景のなかで起こる「小さなドラマ」を描き出した作品です。ゆっくりと歩き、時間をかけて体験することで、はじめて知ることのできる自然の豊かさを教えてくれます。

 大久保英治(1944年兵庫県生まれ)も、自然のなかを歩く作家として知られています。現在は鳥取県にアトリエがありますが、各地の山や川、海岸などを歩き、そこで拾い集めた自然の素材で制作しています。1998年には四国八十八カ所の遍路道を歩き、多くの作品を現地で制作しました。今回の展示作品の一つは、そのとき心に残った風景が、文人画家・富岡鉄斎(1836-1924年)の山水画と似ていることに触発されたものです。徳島県の祖谷渓谷の山水画のような風景のなかで制作した作品と鉄斎の作品を同時に展示することで、現代の自然表現と受け継ぐべき伝統がつながる例を示してくれます。彼の作品はすべてこの展覧会のために制作されたもので、他に杉の小枝をつなぎ合わせた風を表す大作なども展示されます。

 秋岡美帆(1952年兵庫県生まれ)もアトリエを大阪から三重県の山あいの町に移しています。彼女の作品は、森の木々や木もれ日を、スロー・シャッターのカメラで捉え、それをネコ(NECO)という特殊な装置を使って和紙に拡大するものです。以前は、大阪・池田市にある大きな楠をモチーフ(題材)にしていましたが、近年は、一本の樹木から木々の連なる森へと分け入り、新しいイメージを求めています。風によって揺れる枝の動きと、カメラを持つ手の動きが一体となってつくられる、明るい緑と空の青さがまじりあった作品や、森の奥の神秘的な光を捉えた作品は、アトリエ近くの山のなかで生まれました。それらは、人為と無為が重なりあった表現ともいえるでしょう。出品作は、「ひかりの間(あはひ)」と名づけられたシリーズの最新作です。

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出品作家は、「日本画」や「洋画」の分野で語られる人、それらの区分に入らない人もいます。確かに制作の方法や個性は違いますが、共通するのは、テレビの映像のような間接的な情報で自然を捉えるのではなく、自然のなかに身を置き、五感で感じようとしていることです。植物の日々の表情や微妙な四季の変化を体験するには、それなりの時間が必要なのです。自然を突き放して見るのではなく、作家としての自分も自然の一部であり、そのなかで生き、制作しようとする共通した姿勢も伝わってくるように思います。現代の人々がどこかに置き忘れてしまった自然に対する見方(自然観)を思い出させてくれるところがあるのです。

 日本の古い文化や芸術のなかには、現代に生かすことのできる大事な要素が含まれています。彼らの作品は、その要素を取り入れようとする模索の成果ということもできるでしょう。

 かつて日本の美術は、制作する人も、作品を見る人も、お互いによく知る自然の姿や自然観を基礎にしてきたところがありました。自然は、作家だけでなく、作品と観賞する人も結びつけてきたのです。この展覧会を観賞することが、自然と人との関わりや自然と文化のあり方を見つめ直す、きっかけの一つとなることを願っています。
(主任学芸員 森 芳功)

「徳島県立近代美術館ニュース 40」
(2002年1月号)より転載