[展覧会メモ] 特別展「日本画−和紙の魅力を探る」展の準備のなかから

 いま、「日本画−和紙の魅力を探る」(11月13日−12月27日)という展覧会の準備をすすめています。日本絵画に使われてきた紙は、材料や漉き方がさまざまで、時代によってその素材を活かした表現が変化していきます。近代以前から現代までの作品を見渡しながら、その歴史と魅力を楽しめるような展示にしたいと思っています。

 さて、この展覧会では、第一線で活躍中の日本画家の方々に阿波和紙を使った新作の出品をお願いしています。産地の協力を得て、作家の表現に合った紙をつくり、その紙に描いてもらうのです。題材は、徳島の風景や風物。ここでは、いま着々と進められている準備のようすを、少しばかりご紹介いたします。

 新作をお願いしたのは、竹内浩一氏(日展会員)、中野嘉之氏(多摩美術大学教授)、大野俊明氏(成安造形大学教授)、斉藤典彦氏(東京芸術大学助教授)、森山知己氏(無所属、古典技法研究家)です。今日の日本画は、紙の表面が見えなくなるほど厚く塗り重ねる作品が多いのですが、あえて絵具を薄く使って、紙の素材感を活かそうとされている方々ばかりです。みなさん、いずれも徳島で取材を行い、順次手漉き和紙の産地も訪ねてくださっています。

 しかし一概に和紙といっても、作家は一人一人自分の表現の世界をもっていて、求める紙の性質は異なっています。産地での打ち合わせも、それぞれ個性的でした。たとえば中野さんは、その場で墨をすり、筆の走り方や滲み具合を試すなかで、楮(こうぞ)を原料とした紙を選び、さらに細かな指示をされていました。その試し描きから、素晴らしい鳥が姿を表しました。森山さんは、きめの細かな泥入りの雁皮(がんぴ)を、しかもかなり薄い紙を指定。線の流れや彩色に関係するとのことでした。

 作家の方のこのような「わがままな」注文に応えてくれているのが、阿波手漉和紙商工業協同組合(吉野川市山川町)のスタッフの方々です。阿波和紙の歴史は古く、『古語拾遺(こごしゅうい)』(807年)という本の記述などから、少なくとも8世紀頃には漉かれていたのではないかと考えられています。1976年に伝統的工芸品産業の指定を受けた他、美術分野でも、版画用の紙をヨーロッパやアメリカに輸出。最近では、写真家グレゴリー・コルベール氏が阿波和紙を用いた展覧会(東京・ノマディック美術館)を開くなど、さまざまな作家が関心を示しています。(*)

 作家と産地のやりとりは真剣なものがあります。「日本画−和紙の魅力を探る」展には、大正から昭和にかけて、横山大観や小杉放菴らが福井県の岩野平三郎さんと新しい紙をつくったときの書簡も出品する予定です。それらを読んでいると、今回の紙の開発と重なるものを感じます。5人の作家の方々と産地のコラボレーション(共同作業)は、どのような成果を生むのでしょうか。どうかご期待ください。

 5人の日本画家による取材の様子も、簡単に報告しておきましょう。竹内さんは、今年の3月末、京都市立芸術大学の定年退職の辞令を大学で受け取ったその足で、かけつけてくださいました。これまでも動物を描くため、とくしま動物園などでスケッチをされており、地理には詳しいごようすでした。中野さんは、空港近くで借りたレンタカーに乗り、剣山から東祖谷、西祖谷、吉野川沿いを精力的に回って、鳴門の観潮船にも乗船しました。大野さんは、阿波十郎兵衛屋敷など人形浄瑠璃を中心に取材。斉藤さん森山さんも、祖谷、美濃田の淵、善入寺島の潜水橋、第十堰、霊山寺、鳴門海峡などの取材を精力的にこなしています。

 展覧会では、このような取材で描かれた新作の他、各地の紙に描かれた作品もご紹介します。近代の画家であれば、横山大観や竹内栖鳳らによる越前和紙(福井県)の作品。近年、高知県の紙産業技術センターなどが開発した大濱紙と名付けられた紙も紹介したいと思います。美濃(岐阜県)の薄い紙の両側から(表裏から)描く宮迴正明さん(東京芸術大学教授)の作品も展示する予定です。近代以前ですと、障壁画等に用いられた雁皮紙や、中国から輸入された(「和紙」とは言えないかも知れませんが)竹紙(ちくし)の問題なども含め幅広く触れたいと思っています。それら、展覧会の詳しい内容については、次回の美術館ニュースで改めてご案内するつもりです。

(*)この秋、徳島版画会が中心になり、阿波和紙を用いた展覧会「阿波和紙とアートの出会いを求めて」が開かれます。「国民文化祭・とくしま2007」の参加企画で、会場は、阿波和紙伝統産業会館(吉野川市)などです。このような作家と和紙のつながりが、和紙にとっても、版画や日本画等の表現にとっても、活気ある刺激に結びついていけばと思います。


徳島県立近代美術館ニュース No.62  July 2007
2007年7月
徳島県立近代美術館 森 芳功