作品解説セレクション

左上から、岡本 神草《傘の舞妓》1922(大正11年)年頃 絹本着色 培広庵コレクション/北野 恒富《願いの糸》1914(大正3)年頃 絹本着色 培広庵コレクション/山川 秀峰《安倍野》1928(昭和3)年頃 絹本着色 培広庵コレクション/木谷 千種《涼宵》昭和10年代 絹本着色 培広庵コレクション/北野 恒富《阿波踊》1930(昭和5)年頃 絹本着色 徳島市立徳島城博物館蔵(山内俊祐氏寄贈資料)/菊池 契月《元禄美人》大正末期 絹本着色 培広庵コレクション(すべて部分)

左上から、岡本 神草《傘の舞妓》1922(大正11年)年頃 絹本着色 培広庵コレクション/菊池 契月《元禄美人》大正末期 絹本着色 培広庵コレクション/北野 恒富《願いの糸》1914(大正3)年頃 絹本着色 培広庵コレクション/北野 恒富《阿波踊》1930(昭和5)年頃 絹本着色 徳島市立徳島城博物館蔵(山内俊祐氏寄贈資料)/木谷 千種《涼宵》昭和10年代 絹本着色 培広庵コレクション/山川 秀峰《安倍野》1928(昭和3)年頃 絹本着色 培広庵コレクション(すべて部分)

作品解説セレクション

ここでは、本展を構成する各コーナーから
選りすぐりの6作品を詳しい解説とともにご覧いただきます。

 

四季

きたにちぐさ りょうしょう

《涼宵》(りょうしょう)

木谷 千種(きたに ちぐさ) 昭和10年代 絹本着色 培広庵コレクション

うちわを手に縁側に立つ女性。水色か薄い藍色にも見える着物には、流水に色とりどりの菊と紅葉の文様が施されています。庭にはすすきでしょうか。吹く風に涼しさを感じ始める初秋の夕暮れです。女性が手にする団扇には月。斜め上を望む女性の切れ長な目の視線の先には、宵の月が見えているのかもしれません。
下半身の長さを強調して描かれた八頭身のすらりとした立ち姿の美しさ。それを麻の文様の入った帯の朱色と着物の薄い青とのコントラストがさらに引き立てています。
四季折々にうつりかわる風情に敏感に生活し、そこから育まれてきた日本ならではの繊細な感性や美意識。そのしるしは、絵の中にさりげなく込められています。
作者の木谷千種は大正から昭和の時代に大阪で活躍した女性の日本画家。文展(文部省美術展覧会)や帝展(帝国美術院美術展覧会)で活躍する一方で、雑誌「大阪人」の表紙絵などのグラフィックの仕事も手掛け、また画塾を開いて後進の女性画家たちの育成にも取り組みました。

きたにちぐさ りょうしょう

《願いの糸》

北野 恒富(きたの つねとみ) 1914(大正3)年頃 絹本着色 培広庵コレクション

七夕の夜にたらいの水に星を映して針に糸を通して願いをかけるのは、乞巧奠(きっこうでん)という中国由来の風習です。日本でも宮中の儀式から始まり、しだいに民間にも拡がりました。
伏し目がちで、やや愁いを含んだ表情の女性が、手には赤い糸を持ち、針に通しています。集中しながら、しゃがんでいる姿勢には緊張感を感じます。頭上には紅白の糸が垂れ下がり、前にある水を張ったたらいには、梶の葉を浮かべています。
作者は、大阪画壇を代表する日本画家、北野恒富。後には気品と華やかさのある作品を描きましたが、この絵が描かれた大正初期は、退廃的で妖艶なデカダンスの気分が濃厚な作品を多く残しています。ただ、この作品はデカダンスというよりも、けなげで可憐な印象です。
七夕は、織り姫にあやかって機織りや手芸の上達を願う行事なのですが、同時に様々な願い事を託す祭りでもあります。紅白の二色の糸は、女性の願いが恋愛成就であることを暗示するようです。そこには、祈りのような、いじらしくて深い思いが秘められているのかも知れません。

きくちけいげつ げんろくびじん

《元禄美人》

菊池 契月(きくち けいげつ) 大正末期 絹本着色 培広庵コレクション

大正から昭和の初期に隆盛を誇った「美人画」ですが、そのルーツは桃山時代や江戸時代の風俗画、浮世絵までさかのぼります。浮世絵を確立した菱川師宣が活躍したのは江戸中期の元禄時代。その頃の風俗を思わせるのが、この〈元禄美人〉です。
打ち出の小槌や宝珠、丁字など縁起の良いものを集めた宝尽くしの文様の着物に、幅の細い帯を締め、桜や菊の文様の入った鮮やかな赤の打掛を羽織っています。細めの帯は桃山や江戸初期の風俗の名残なのでしょう。しかし、前髪を後ろで結んだ総髪は、男性に多い髪形ですので、男装の麗人の趣もあります。また赤い打掛は菱川師宣の〈見返り美人〉の桜と菊の文様のある緋色の着物を連想させます。落ち着いた品格の中に、現実の世界、「浮世」を謳歌した元禄時代の華麗さや自由さも垣間見える作品です。
扇で顔を隠して脇息から腰を浮かせ、なだらかな曲線を描く姿勢。恥じらいと喜びを秘めたような表情。少し乱れた前髪は、女性の内面のやや上気したような感情や息づかいも感じさせます。
菊池契月は明治の終わりから昭和にかけて、京都で活躍した日本画家。京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)や画塾を通じて多くの弟子を育成しました。

 

芸事・踊り

きたのつねとみ あわおどり

《阿波踊》

北野 恒富(きたの つねとみ) 1930(昭和5)年頃 絹本着色 徳島市立徳島城博物館蔵(山内俊祐氏寄贈資料)

「阿波踊り」の女踊りと三味線の女性ですが、現在の阿波踊りとは少し様子が違います。手の位置は低めで、笠はかぶっておらず、下駄ではなく草履をはいています。そして、三味線には提灯が下がっています。
作者の北野恒富は、昭和初期に徳島を取材し、その後、阿波踊りをモチーフにした作品を複数残します。これはその1点。三味線を弾く女性は、「阿波よしこの」の名手「お鯉さん」がモデルといわれています。恒富のこの作品は、昭和初期の阿波踊りの様子を伝える一方で、裸足に草履履きや、三味線につけた提灯などは、現実の姿ではなく、絵としての創作ではないか、という解釈もあります。いずれにしても、恒富の描くこの阿波踊りの女性像は、やがて他の画家たちにも広まり、多くのバリエーション作品が生まれて、阿波踊りの典型的な図像となりました。平成元年には郵便切手の図柄にもなっています。
うつむき加減の二人の姿勢は、なだらかなS字の曲線を描きます。踊り子の袖と三味線の赤い提灯は、共に向かって右に流れていて、ゆるやかな動きを感じさせます。にぎやかな踊りの中にいて、ふと周りの音が遠く聞こえるような、祝祭の喧噪の中のかすかな静寂の気配を思わせます。
恒富の美人画では、華があって品もある、関西弁で言う「はんなり」とした女性が多く描かれました。この作品のモデルとなった「お鯉さん」も、きっとそんな女性だったのに違いありません。

 

個性的な表現へ
―人間を見つめる

おかもとしんそう かさのまいこ

《傘の舞妓》

岡本 神草(おかもと しんそう) 1922(大正11)年 絹本着色 培広庵コレクション

和傘を差して、花かんざしに赤い襟の着物が初々しい舞妓さんです。かつて浮世絵では、花街の女性たちが数多くモデルとなっていましたが、大正、昭和の「美人画」にも、舞妓さんや芸妓さんが数多く登場します。それらには共通する特徴がみられます。切れ長でつり気味の細い目。目と眉の間は離れていて、色白。細面で面長。口は小さく、やや鷲鼻気味で高い鼻。これらは浮世絵以来の美人の典型的な型ともいえるでしょう。
でもこの〈傘の舞妓〉は、一通りの美人の型を踏まえてはいるものの、もっとナチュラルなかわいらしさが目立ちます。表情もなにやら無邪気で楽しそうです。理想化された美人というよりも、身近にいる愛らしい少女といった印象です。
「美人画」の最盛期となった大正から昭和初期は、画家のオリジナリティが重視されるようになり、個性的な表現が多く生み出された時期でもあります。それは大正デカダンス(退廃的、耽美的)と言われ、岡本神草もそれを担った一人でした。この作品は退廃的とまでは呼べないかもしれませんが、典型的な美人の型をはみだして、普段着の舞妓の姿が人間味のある姿で描かれており、美の基準の多様性を感じさせてくれます。

 

物語・歴史など

やまかわ しゅうほう

《安倍野》

山川 秀峰(やまかわ しゅうほう) 1928(昭和3)年 絹本着色 培広庵コレクション

すすきや桔梗、女郎花、猫じゃらしなどが茂る秋の野を行く女性。葛の葉が施された着物の裾が、地面に敷き詰められているかのように拡がっています。傍らに寄り添うのは二匹の白狐。杖を手にしているのは長い旅にでる暗示でしょうか。
時は平安時代。和泉の国(現在の大阪府和泉市)の信太(しのだ)の森で、狩りに追われて傷ついたところを安倍保名(あべの やすな)に助けられた白狐が、葛の葉という名の女性に化身し、保名との間に子供をもうけます。これが後の陰陽師、安倍晴明(あべの せいめい)です。やがて数年がたち、正体が白狐であることが知れてしまった葛の葉は、信太の森へと消えていきました。
「蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」として、歌舞伎や浄瑠璃で今も語り継がれている伝説の一場面を描いたのが、この〈安倍野〉です。表情は一見冷静ですが、あきらめと同時に幼子を残していく母の後ろ髪をひかれるような心残りが、その視線と立ち姿に込められているようです。白狐へと戻っていくところなのでしょうか、着物の裾は背景が透けてみえるほどで、人間の姿が消えていくはかなさを感じます。
山川秀峰は、伊東深水、寺島紫明と並んで鏑木清方門下の三羽がらすと呼ばれた逸材。この作品は第9回帝展(帝国美術院美術展覧会)特選を受賞しました。

作品解説:友井伸一(徳島県立近代美術館 上席学芸員)

問合わせ
徳島県立近代美術館

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徳島市八万町向寺山 文化の森総合公園内
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