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〈HUG〉ー愛おしさに包まれて
森口の近年の作品にある寛容さを、はっきりと確信させられたのは〈HUG〉という作品でした。上り詰めた作品〈光の刻〉の一年後、その持てる力を絞り出すようにして生まれた作品だろうと思います。というのも、その年の早春に最愛の母を失った森口が、悲嘆に暮れるいとまなく取り組まねばならなかった作品だったからです。大きなベッドのように敷き詰められた白いラグがスクリーンとなり、迷いなく母の胸に飛び込む子とその母の姿がゆっくりと目の前に映し出されます。たとえば、作品の前に立つ人は、記憶の奥深いところから何かを引き出されるような心持ちがします。そして誰かにふとそのことを語りたくなるようです。家族の話をする人が多かったと森口は教えてくれましたが、実際に目の前で、亡き母親のぬくもりの記憶を作家に話している人がいました。そのとき、気づいたのです。あの白いラグの上のハグはまさに、「天上の抱擁」でもあり、母と過ごした至福の時間への追慕でもあるのだ、と。展示空間に、人は温かく抱きしめられていたのかもしれません。
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さしのべる手
サブタイトルにもあるように、今回の展覧会では「手」が大切なモチーフの一つになっています。作品を通じて森口がさしのべた手は、これまでにさまざまな人と関わってきた自分の手を、あらためて見つめ直させます。そして、その手をさしのべることができる人が多くあることにも気づかされます。生きづらい時代を共に生きるすべての人が、それぞれの光の中で自分らしく輝きながら生きていくために。 (専門学芸員 吉原美恵子)