紙に注目した展覧会の楽しみ方
画面全体を見渡して楽しみ、細かなところも見て楽しむ・・、作品鑑賞のときによく行うことですが、この展覧会ではそれに加えて、紙の風合いも楽しんでいただけたらと思っています。
紙といっても、種類はさまざまです。私たちの暮らしのなかを見回してみても、新聞紙、コピー用紙、ポスターやカレンダーの紙、学校の図工で使う画用紙など、用途に応じた多種多様な紙があるのが分かります。日本絵画に用いられてきた紙は、それら「洋紙」と呼ばれる、砕いた材木を原料とした紙とは違って、主として楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの皮を原料としています。もちろん材料の違いや製法、職人さんの技によって性質は異なり、画家たちは紙の特徴を活かして描いてきました。
この展覧会では、紙の性質と表現の結びつきもご覧いただけたらと思っています。たとえば絵巻物は、かつて手元で巻物を広げて鑑賞しましたので、紙の風合いとあわせて味わうことができました。掌(たなごころ)の楽しみ方です。そのように見ていくと、筆の動きや絵具の塗り方など、画家の息づかいも身近に感じられるかも知れません。
展覧会のあらまし
1.近代以前の紙と絵画

この展覧会の中心は、近代・現代の「日本画」*1ですが、近代より古い時代の絵画もコンパクトに展示します。コーナーのなかで一番古いのは、平安時代後期の〈神護寺経〉(白鶴美術館蔵)です。藍で染めた紺の紙に金泥(きんでい)で経文や仏さまの姿が描かれています。紙を湿らして叩く「打ち紙」加工を行い、その上に引かれた金の線が際だっています。
平安から鎌倉の絵巻物は、紺紙に限らず、楮紙などに打ち紙加工することが多かったのですが、それは、紙が密になって滲みが少なくなる効果があるからだと考えられています。伸びやかな線を引くには、無くてはならない性質だったのです。弘法大師の生涯を表した〈高野大師行状図画〉(鎌倉時代 重要文化財 白鶴美術館蔵)もその例となるでしょう。ちなみに出品作は第一巻と七巻。大師の誕生と高野山を開く場面を見ることができます。
室町時代の水墨画には、濃さの違う墨を重ねて、さまざまな調子をつくる工夫がなされています。にじみの魅力も、墨の色調も紙の性格と関わっています。用いられたのは、中国から輸入された竹紙(ちくし/唐紙(とうし))です。江戸時代後期の文人画家も、輸入された宣紙を用いることがあり、中国絵画の影響が強まった時期に見られる特徴とも言えるでしょう。生産地の面で「和紙」とは言えないのですが、視野は東アジア全体に広がっていきます。
また、桃山や江戸時代の障壁画では、雁皮を主体とした混合紙が多く使われたようです。打ち紙加工をしなくとも、なめらかな表面をつくることができたことと、手元で見るのではなく、室内装飾として離れて見るため、絵巻物ほど風合いは気にしなくてもいい事情があったようです。
ちなみに、ここで触れたような材料分析は、紙の一部を顕微鏡で見て明らかにされたものです。作品を傷つけてはいけないため、制約が多くまだまだ広く行われているわけではありませんが、関係者の努力によって少しずつ分かるようになっています。