絵のない鑑賞タイム

絵のない鑑賞タイム

学芸員による作品解説を、絵を見ながらではなく、あえて音声のみでお楽しみいただく試みです。

現在、徳島県立近代美術館の所蔵作品の中から、『 山下菊二〈高松所見〉』、『 ジャン・メッツァンジェ〈自転車乗り〉』の2作品をご紹介しています。

山下菊二

〈高松所見〉

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  • ▶ 1.作品の基本情報( ― 0:45 )
  • ▶ 2.画面の説明( 0:46 ― 4:14 )
  • ▶ 3.作品の特徴について( 4:15 ― 6:19 )
  • ▶ 4.作家について( 6:20 ― 7:26 )

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ジャン・メッツァンジェ

〈自転車乗り〉

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  • ▶ 1.作品の基本情報( ― 1:07 )
  • ▶ 2.画面全体について( 1:08 ― 2:53 )
  • ▶ 3.色と形について( 2:55 ― 4:51 )
  • ▶ 4.画面の部分について( 4:52 ― 6:03 )
  • ▶ 5.作品の特徴について( 6:04 ― 8:18 )
  • ▶ 6.作家について( 8:20 ― 10:19 )

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ジャン・メッツァンジェ 〈自転車乗り〉×

この作品解説は、あえて画像を用いず言葉のみで、作品ご紹介するという試みです。

1 作品の基本情報について

この作品は油絵の具で描かれた絵です。キャンバスという布の上に描かれています。

大きさは、縦が55cm、横が46cm。縦長の画面です。木の額縁に入っていて、見た目よりも少し重さがあります。

描かれた年は1911から12年。今から100年以上前です。この絵を描いたのは、フランス人のジャン・メッツァンジェ。徳島県立近代美術館が所蔵している作品です。作品の題名は、〈自転車乗り〉です。

2 画面の全体について

画面下から三分の二は競技場でしょうか?画面上の三分の一は遠くに見える観客席と空です。

画面の真ん中に自転車をこいでいる人がいます。自転車は向かって右側から左側の方に進んでいます。自転車の全体が、画面左下、時計の7時の方向に傾いています。前輪は画面左下の角に接しています。自転車に乗っている人は両手でハンドルを持ち右足のヒザが時計の11時の方向で、胸につくところまであがっており、左足は時計の5時の方向で、地面につきそうな所までさがっています。上半身は前に傾いています。顔はほとんど無表情です。この自転車の前輪、向かって左側には、別の自転車の後輪がみえます。この自転車の後輪、向かって右側には、別の自転車の前輪がぶつかるほどに近づいています。

3 色と形について

まず、色です。自転車選手の上着は、白地に黒の縦縞です。ズボンは、腰とヒザまでがオレンジ、ヒザから下は黄色になっているようですが、色は混じっていて、はっきりしていません。そして、選手の頭や右腕の部分は半透明で、背景の観客席などが透けて見えています。自転車が走る道は青みがかった灰色に黄色とオレンジがまざっています。空は青みがかった灰色です。

次に形です。自転車選手の頭は楕円型の球のような形です。腕と足はそれぞれ筒の形をしていて、腕はヒジから先が、足はヒザから先が三角錐のような形です。ちょっとロボットのようにも見えます。そして、両ヒジを左右に張り出して、前傾姿勢で自転車に乗っている選手の姿全体が、大きな菱形のように見えます。自転車は車輪が円形、ハンドルは半円形、観客席の屋根は三角形です。

全体的に見て、描かれているモチーフは、それぞれ幾何学的な形に単純化されています。

4 画面の部分について

自転車の車輪が合計で四つ描かれています。まず、真ん中の選手の自転車前輪と後輪です。そして、画面の右側に別の自転車の前輪だけが、画面の左側にはもう一台の別の自転車の後輪だけが描かれています。自転車は合計で3台です。

自転車の走る道には、左下から上に向けて伸びるたくさんの直線と、渦や波のような曲線が描かれています。

背景の観客席と自転車の走る道をへだてている低い壁は、向かって右から三分の一がほぼ水平に、途中で時計の八時の方向に下へ折れ曲がり、続いています。

5 この作品の特徴について

自転車に注目しましょう。車輪のスポークも、車輪をつなぐチェーンも見えません。きっと、車輪もチェーンも、目にもとまらない速さで回転しているのでしょう。

そうだとすると、画面に描かれたたくさんの直線や、渦、波のような曲線は、車輪が生み出す、渦巻く風でしょうか。あるいは自転車が走ってきた道筋、軌跡をあらわしているのかもしれません。

選手の頭や右腕が半透明に見えるのも、自転車があまりにも素早く動いているからでしょう。動きやスピードが上手く表現されています。

さて、この場面は、レースのどのあたりでしょうか。

仮に、レースの終盤で、ゴール間近の場面だと、想像してみましょう。向かって右から進んできた自転車選手たちは、ここで左にカーブし、先を争って、さらに加速します。

遠くには大歓声が響いています。でも、聞こえるのは、風を切る音、そして車輪のきしむ音。あるいは、選手にとっては、無音の静けさの瞬間なのかもしれません。大きな菱形のかたまりとなった自転車選手が、最後の力を振り絞って、猛スピードでゴールに向かって疾走します。

この作品は、その決定的な一瞬をとらえています。100年ほど前の自転車競技の様子ですが、みずみずしい新鮮さを感じます。

6 作家について

作家のジャン・メッツァンジェは、1883年にフランスに生まれ、1956年に亡くなりました。この絵を描いた1911年、メッツァンジェは、当時の新しい芸術運動であるキュビスム運動に参加します。ルネサンス以来、絵描きたちは、立体感や空間をあらわすために、モノの姿に影を付けたり、奥行きがあると見えるように遠近法を使って描いてきました。

しかし、キュビスムを始めた人たちは、こう考えます。それは、平面の上に見せかけるように描いているだけではないか、と。そして、絵画は平面なのであるから、その平面でなければ表現できないものは何か、ということを根本的に探求したのです。

メッツァンジェは、1912年にフェルナン・レジェ、ジャック・ヴィヨンらと共に、キュビスムのグループ、「セクシオン・ドール」、日本語では「黄金分割」を結成しました。また、アルベール・グレーズとともに、著作『キュビスムについて』を執筆します。

20世紀の新しい美術をリードした重要な作家といえるでしょう。

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山下菊二 〈高松所見〉×

この作品解説は、あえて画像を用いず言葉のみで、作品ご紹介するという試みです。

1 作品の基本情報について

この作品は絵です。作品の題名は、《高松所見》。大きさは縦が65cm、横が80.5cm。キャンバスに、油絵具で描かれています。昭和11年、1936年に描かれました。 この絵を描いた人は、山下菊二です。徳島県立近代美術館が所蔵している作品です。

2 画面の説明

横長の画面です。9人の男女が描かれています。

大きく分けて、画面下半分には街を行き交う人々の姿、上半分には、写真をバラバラに貼り付けたような具合に、電車に乗る人、入浴する人、カフェで働く人、受話器を取って電話する人などが描かれています。画面右上から時計回りに見ていきましょう。

まず1人目。1時の方向に、西洋風のモダンなカフェで接客する女性がいます。彼女の手前には、西洋風のテーブルや食器、唐草文様のほどこされた手すりなどが大きく描かれています。次に、2人目。3時の方向に、室内で電話をかける事務員の女性がいます。続けて、3人目。5時の方向に、チェック模様の洋服姿で、しゃがんで足許を直している女性です。

そのすぐ左側に、4人目。襟付きのコートにロングスカートを身に着け、ブーツを履き、左から右へと颯爽と街を行く女性がいます。一際目を引く存在です。そして、6時の方向を見ると、今度は人ではなく自転車が描かれています。籠のついていないシンプルな形の黒い自転車です。そのすぐ後ろの空間には、古道具屋でしょうか。柱時計と洋風の椅子が二脚見えます。それらの左側、7時から8時の方向へ目を移しましょう。5人目に赤い着物を着た女性、6人目に帽子を被ったコートの男性がいます。男性は、身体の右半分が黒色、左半分が白色に塗り分けられていて、何だか異様な雰囲気です。

そして7人目に、黒い着物を着た女性が描かれます。続けて、10時の方向へ目を向けると、青い洋服姿の女学生が電車の座席に腰かけています。これで8人目です。そして、12時の方向に入浴中の女性がいます。これが最後の9人目です。煉瓦のような石造りの浴槽に、顔を右後方に背ける形で両胸と太ももをあらわにしています。そんな彼女の頭上には、トンネルの入口に差しかかった列車が描かれています。

3 作品の特徴について

この絵には9人の男女が登場しますが、男性は1人のみ。とりわけ目を引くのが、5時の方向に描かれた、ブーツを履き、襟付きコートにロングスカートを着こなした女性です。右手をスカートのポケットに突っ込み、左手には何か白い紙のようなものを抱えています。今の私たちから見ても十分に通用しそうなファッションです。しっかりと前を見据えて歩く彼女の姿からは、自立した職業婦人の花形ともいうべき凛とした雰囲気が伝わってきます。そんな彼女のすぐ左脇の6時の方向に描かれた自転車は、都会を象徴するモチーフとして描かれたのでしょう。

その他にもカフェの店員、事務職の職員など社会で働く女性たちが描かれているのは、都会の真新しい風俗の描写そのものと言えそうです。それらの人の姿を通じて、香川県の大都市である高松の、昭和初期の街の様子が分かるような画面となっています。

色に着目しますと、全体的に暗く沈んだ色調、黒や褐色を基調とした色で描かれており、画面全体から暗い印象を受けます。9人の人物は皆一様に無表情で、それぞれ違う方向を向いており、視線が交わりません。疎外感が強められているようですが、それによって空間に奥行きと広がりがもたらされているとも言えます。

4 作家について

作者の山下菊二は1919年、徳島県井川町に生まれ、1986年に亡くなりました。戦争と差別に抗議する作品を数多く描いた、戦後の日本美術を代表する画家として知られています。三番目の兄に当たる谷口董美の影響で美術を志し、香川県立工芸学校へ進学。《高松所見》は、まだ17、18歳の若き山下が新しい表現に意欲的に取り組んだ貴重な作品であると言えるでしょう。

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