絵のない鑑賞タイム

絵のない鑑賞タイム

学芸員による作品解説を、絵を見ながらではなく、あえて音声のみでお楽しみいただく試みです。

現在、徳島県立近代美術館の所蔵作品の中から、、『 堀内正和〈箱は空に帰ってゆく〉』、『 奈良美智〈UNTITLED(BROKEN TREASURE)〉』、『 パブロ・ピカソ〈赤い枕で眠る女〉』、『 山下菊二〈高松所見〉』、『 ジャン・メッツァンジェ〈自転車乗り〉』の5作品をご紹介しています。

堀内正和

〈箱は空に帰ってゆく〉

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  • ▶ はじめに( ― 0:31 )
  • ▶ 1.作品の基本情報( 00:33 ― 1:40 )
  • ▶ 2.全体について( 1:42 ― 3:21 )
  • ▶ 3.作品の特徴について( 3:23 ― 5:20 )
  • ▶ 4.作家について( 05:22 ― 06:42 )

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奈良美智

〈UNTITLED
(BROKEN TREASURE)〉

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  • ▶ はじめに( ― 0:39 )
  • ▶ 1.作品の基本情報( 00:41 ― 2:11 )
  • ▶ 2.画面全体について( 2:13 ― 5:31 )
  • ▶ 3.子どもの顔について( 5:33 ― 7:40 )
  • ▶ 4.作品の特徴について( 7:42 ― 10:03 )
  • ▶ 5.作家について( 10:05 ― 12:30 )

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パブロ・ピカソ

〈赤い枕で眠る女〉

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  • ▶ はじめに( ― 0:22 )
  • ▶ 1.作品の基本情報( 0:24 ― 1:22 )
  • ▶ 2.画面全体について( 1:24 ― 2:33 )
  • ▶ 3.色について( 2:34 ― 3:32 )
  • ▶ 4.女性の姿勢について( 3:34 ― 4:44 )
  • ▶ 5.作品の特徴について( 4:45 ― 6:58 )
  • ▶ 6.作家とモデルについて( 6:59 ― 8:43 )

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山下菊二

〈高松所見〉

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  • ▶ 1.作品の基本情報( ― 0:45 )
  • ▶ 2.画面の説明( 0:46 ― 4:14 )
  • ▶ 3.作品の特徴について( 4:15 ― 6:19 )
  • ▶ 4.作家について( 6:20 ― 7:26 )

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ジャン・メッツァンジェ

〈自転車乗り〉

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  • ▶ 1.作品の基本情報( ― 1:07 )
  • ▶ 2.画面全体について( 1:08 ― 2:53 )
  • ▶ 3.色と形について( 2:55 ― 4:51 )
  • ▶ 4.画面の部分について( 4:52 ― 6:03 )
  • ▶ 5.作品の特徴について( 6:04 ― 8:18 )
  • ▶ 6.作家について( 8:20 ― 10:19 )

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ジャン・メッツァンジェ 〈自転車乗り〉×

この作品解説は、あえて画像を用いず言葉のみで、作品ご紹介するという試みです。

1 作品の基本情報について

この作品は油絵の具で描かれた絵です。キャンバスという布の上に描かれています。

大きさは、縦が55cm、横が46cm。縦長の画面です。木の額縁に入っていて、見た目よりも少し重さがあります。

描かれた年は1911から12年。今から100年以上前です。この絵を描いたのは、フランス人のジャン・メッツァンジェ。徳島県立近代美術館が所蔵している作品です。作品の題名は、〈自転車乗り〉です。

2 画面の全体について

画面下から三分の二は競技場でしょうか?画面上の三分の一は遠くに見える観客席と空です。

画面の真ん中に自転車をこいでいる人がいます。自転車は向かって右側から左側の方に進んでいます。自転車の全体が、画面左下、時計の7時の方向に傾いています。前輪は画面左下の角に接しています。自転車に乗っている人は両手でハンドルを持ち右足のヒザが時計の11時の方向で、胸につくところまであがっており、左足は時計の5時の方向で、地面につきそうな所までさがっています。上半身は前に傾いています。顔はほとんど無表情です。この自転車の前輪、向かって左側には、別の自転車の後輪がみえます。この自転車の後輪、向かって右側には、別の自転車の前輪がぶつかるほどに近づいています。

3 色と形について

まず、色です。自転車選手の上着は、白地に黒の縦縞です。ズボンは、腰とヒザまでがオレンジ、ヒザから下は黄色になっているようですが、色は混じっていて、はっきりしていません。そして、選手の頭や右腕の部分は半透明で、背景の観客席などが透けて見えています。自転車が走る道は青みがかった灰色に黄色とオレンジがまざっています。空は青みがかった灰色です。

次に形です。自転車選手の頭は楕円型の球のような形です。腕と足はそれぞれ筒の形をしていて、腕はヒジから先が、足はヒザから先が三角錐のような形です。ちょっとロボットのようにも見えます。そして、両ヒジを左右に張り出して、前傾姿勢で自転車に乗っている選手の姿全体が、大きな菱形のように見えます。自転車は車輪が円形、ハンドルは半円形、観客席の屋根は三角形です。

全体的に見て、描かれているモチーフは、それぞれ幾何学的な形に単純化されています。

4 画面の部分について

自転車の車輪が合計で四つ描かれています。まず、真ん中の選手の自転車前輪と後輪です。そして、画面の右側に別の自転車の前輪だけが、画面の左側にはもう一台の別の自転車の後輪だけが描かれています。自転車は合計で3台です。

自転車の走る道には、左下から上に向けて伸びるたくさんの直線と、渦や波のような曲線が描かれています。

背景の観客席と自転車の走る道をへだてている低い壁は、向かって右から三分の一がほぼ水平に、途中で時計の八時の方向に下へ折れ曲がり、続いています。

5 この作品の特徴について

自転車に注目しましょう。車輪のスポークも、車輪をつなぐチェーンも見えません。きっと、車輪もチェーンも、目にもとまらない速さで回転しているのでしょう。

そうだとすると、画面に描かれたたくさんの直線や、渦、波のような曲線は、車輪が生み出す、渦巻く風でしょうか。あるいは自転車が走ってきた道筋、軌跡をあらわしているのかもしれません。

選手の頭や右腕が半透明に見えるのも、自転車があまりにも素早く動いているからでしょう。動きやスピードが上手く表現されています。

さて、この場面は、レースのどのあたりでしょうか。

仮に、レースの終盤で、ゴール間近の場面だと、想像してみましょう。向かって右から進んできた自転車選手たちは、ここで左にカーブし、先を争って、さらに加速します。

遠くには大歓声が響いています。でも、聞こえるのは、風を切る音、そして車輪のきしむ音。あるいは、選手にとっては、無音の静けさの瞬間なのかもしれません。大きな菱形のかたまりとなった自転車選手が、最後の力を振り絞って、猛スピードでゴールに向かって疾走します。

この作品は、その決定的な一瞬をとらえています。100年ほど前の自転車競技の様子ですが、みずみずしい新鮮さを感じます。

6 作家について

作家のジャン・メッツァンジェは、1883年にフランスに生まれ、1956年に亡くなりました。この絵を描いた1911年、メッツァンジェは、当時の新しい芸術運動であるキュビスム運動に参加します。ルネサンス以来、絵描きたちは、立体感や空間をあらわすために、モノの姿に影を付けたり、奥行きがあると見えるように遠近法を使って描いてきました。

しかし、キュビスムを始めた人たちは、こう考えます。それは、平面の上に見せかけるように描いているだけではないか、と。そして、絵画は平面なのであるから、その平面でなければ表現できないものは何か、ということを根本的に探求したのです。

メッツァンジェは、1912年にフェルナン・レジェ、ジャック・ヴィヨンらと共に、キュビスムのグループ、「セクシオン・ドール」、日本語では「黄金分割」を結成しました。また、アルベール・グレーズとともに、著作『キュビスムについて』を執筆します。

20世紀の新しい美術をリードした重要な作家といえるでしょう。

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山下菊二 〈高松所見〉×

この作品解説は、あえて画像を用いず言葉のみで、作品ご紹介するという試みです。

1 作品の基本情報について

この作品は絵です。作品の題名は、《高松所見》。大きさは縦が65cm、横が80.5cm。キャンバスに、油絵具で描かれています。昭和11年、1936年に描かれました。 この絵を描いた人は、山下菊二です。徳島県立近代美術館が所蔵している作品です。

2 画面の説明

横長の画面です。9人の男女が描かれています。

大きく分けて、画面下半分には街を行き交う人々の姿、上半分には、写真をバラバラに貼り付けたような具合に、電車に乗る人、入浴する人、カフェで働く人、受話器を取って電話する人などが描かれています。画面右上から時計回りに見ていきましょう。

まず1人目。1時の方向に、西洋風のモダンなカフェで接客する女性がいます。彼女の手前には、西洋風のテーブルや食器、唐草文様のほどこされた手すりなどが大きく描かれています。次に、2人目。3時の方向に、室内で電話をかける事務員の女性がいます。続けて、3人目。5時の方向に、チェック模様の洋服姿で、しゃがんで足許を直している女性です。

そのすぐ左側に、4人目。襟付きのコートにロングスカートを身に着け、ブーツを履き、左から右へと颯爽と街を行く女性がいます。一際目を引く存在です。そして、6時の方向を見ると、今度は人ではなく自転車が描かれています。籠のついていないシンプルな形の黒い自転車です。そのすぐ後ろの空間には、古道具屋でしょうか。柱時計と洋風の椅子が二脚見えます。それらの左側、7時から8時の方向へ目を移しましょう。5人目に赤い着物を着た女性、6人目に帽子を被ったコートの男性がいます。男性は、身体の右半分が黒色、左半分が白色に塗り分けられていて、何だか異様な雰囲気です。

そして7人目に、黒い着物を着た女性が描かれます。続けて、10時の方向へ目を向けると、青い洋服姿の女学生が電車の座席に腰かけています。これで8人目です。そして、12時の方向に入浴中の女性がいます。これが最後の9人目です。煉瓦のような石造りの浴槽に、顔を右後方に背ける形で両胸と太ももをあらわにしています。そんな彼女の頭上には、トンネルの入口に差しかかった列車が描かれています。

3 作品の特徴について

この絵には9人の男女が登場しますが、男性は1人のみ。とりわけ目を引くのが、5時の方向に描かれた、ブーツを履き、襟付きコートにロングスカートを着こなした女性です。右手をスカートのポケットに突っ込み、左手には何か白い紙のようなものを抱えています。今の私たちから見ても十分に通用しそうなファッションです。しっかりと前を見据えて歩く彼女の姿からは、自立した職業婦人の花形ともいうべき凛とした雰囲気が伝わってきます。そんな彼女のすぐ左脇の6時の方向に描かれた自転車は、都会を象徴するモチーフとして描かれたのでしょう。

その他にもカフェの店員、事務職の職員など社会で働く女性たちが描かれているのは、都会の真新しい風俗の描写そのものと言えそうです。それらの人の姿を通じて、香川県の大都市である高松の、昭和初期の街の様子が分かるような画面となっています。

色に着目しますと、全体的に暗く沈んだ色調、黒や褐色を基調とした色で描かれており、画面全体から暗い印象を受けます。9人の人物は皆一様に無表情で、それぞれ違う方向を向いており、視線が交わりません。疎外感が強められているようですが、それによって空間に奥行きと広がりがもたらされているとも言えます。

4 作家について

作者の山下菊二は1919年、徳島県井川町に生まれ、1986年に亡くなりました。戦争と差別に抗議する作品を数多く描いた、戦後の日本美術を代表する画家として知られています。三番目の兄に当たる谷口董美の影響で美術を志し、香川県立工芸学校へ進学。《高松所見》は、まだ17、18歳の若き山下が新しい表現に意欲的に取り組んだ貴重な作品であると言えるでしょう。

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パブロ・ピカソ 〈赤い枕で眠る女〉×

絵のない鑑賞タイム。徳島県立近代美術館の所蔵作品を、学芸員が、音声のみで解説します。はじめは作品の基本情報、次に画面の説明や特徴、最後に作家についてお話しします。

1 作品の基本情報について

この作品は油絵の具で描かれた絵です。キャンバスという布の上に描かれています。

大きさは、縦が38cm、横が46cm。横長の画面です。古ぼけた木の額縁に入っています。ちょうど膝の上に載せることができるくらいの大きさです。

描かれた年は1932年。この絵を描いたのは、スペイン人のパブロ・ピカソ。徳島県立近代美術館が所蔵している作品です。作品の題名は、〈赤い枕で眠る女〉です。

2 画面の全体について

横長の画面の真ん中に、裸の女の人が横たわっています。

画面を横切るように、頭は時計の9時の方向、足は3時の方向に向けています。体の下には白いシーツのようなものが、絵の真ん中あたりから4時と5時の方向に、ひろがっています。

画面を横切るように、頭は時計の9時の方向、足は3時の方向に向けています。体の下には白いシーツのようなものが、絵の真ん中あたりから4時と5時の方向に、ひろがっています。

この女性はどこで寝ているのでしょうか。室内なのか、庭に望んだテラスのようなところか、あるいは屋外の芝生などの上なのか。背景には色が塗られているだけなので、場所がどこなのか、わかりません。

3 色と形について

女性の背景の画面は、下の3分の1ぐらいは、赤ワインや葡萄ジュースのような濃い赤紫で塗られています。上の3分の1ぐらいは、すだちやライム、あるいは芝生のような黄緑です。

女の人の体は、全体的に青みがかったグレーです。雲がかかっていて明るさも残っている空の色のようです。体の輪郭が黒い線で描かれています。頭の後頭部のあたりに、バナナのような黄色をした髪の毛が描かれています。枕は、よく熟したトマトのような赤色です。

4 女性の姿勢について

画面の9時のあたりにある頭は、下を向いて目を閉じています。

その頭の下に、右腕を折り曲げて手枕のようにしています。さらにその右腕の下に赤い枕があります。左腕は8時の方向にのばして右腕の脇の下においています。

その頭の下に、右腕を折り曲げて手枕のようにしています。さらにその右腕の下に赤い枕があります。左腕は8時の方向にのばして右腕の脇の下においています。

5 この作品の特徴について

女性の顔は横から、体は正面から、そしておしりは斜め上から見られた形をしています。実際にこの姿勢を取ることは、人間にはできないでしょう。ではどのようにして描くことができたのでしょうか。

画家は移動しながら様々な視点からモデルを観察します。また、描いている間に横たわる女性が寝返りを打つこともあるかもしれません。このように、様々な方向からみた姿を捉えて、それらを1枚の絵に同時に描きますこのようにして、奇妙で怪物のようにも見える女性の姿が誕生したのです。

みればみるほど、不思議な姿勢です。この女性がどこにいるのかも、わかりません。

そして女性のからだのかたちは、写実的ではなく、ゆがんだり、単純化されています。たとえば、腕も足も、指は省略されていて、まるで太い大根や、海の中でゆらゆらしているワカメのようにも見えます。

だからこそ、この作品は自由な見方を可能にしてくれます。小さな子どもたちと一緒にこの絵を見ていると、この絵からいろいろなものを見つけてくれます。

ゾウ、クジラ、くらげ、タコ、大根、ウインナー、大きな顔、赤い耳、野球のバットとボール、スケートボード、滑り台、電話の受話器などです。ひとりひとりが見つけたこと、感じたことが正解となる、ワクワクするような作品です。

6 作家とモデルについて

作家のパブロ・ピカソは、スペインに生まれ、フランスで活躍した男性です。1881年に生まれて、1973年になくなりました。91歳まで長生きしました。20世紀美術を代表する作家の一人です。

この絵が描かれた1932年は、ピカソ51歳。モデルは30歳近くも年のはなれた恋人マリー・テレーズ・ワルテル。ギリシャ彫刻を思わせる彫りの深い顔だちに大きな鼻、わずかに白い青色のひとみ、美しいブロンドの髪を持つ若い女性です。眉間にくぼみのない、なだらかで大きな鼻は、この恋人マリー・テレーズを描くときの特徴です。緑、赤、黄といった基本的な色となだらかでやわらかい曲線で描かれた、豊かな女神の姿です。目を閉じてすやすやと眠る彼女が目を覚まさないように、息をこらえてそっと見守っているピカソのときめきと充実した幸福感が伝わってくるようです。

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奈良美智〈UNTITLED(BROKEN TREASURE)〉×

徳島県立近代美術館の所蔵作品を、学芸員が音声のみで解説します。はじめは作品の基本情報、次に画面の説明や特徴、最後に作家についてお話しします。

1 作品の基本情報について

この作品はアクリル絵具で描かれた絵です。キャンバスという布の上に描かれています。大きさは、縦150cm、横150cm。正方形の画面です。150㎝は、一般的なアップライトピアノの横幅とほぼ同じ長さです。描かれた年は1995年。この絵を描いた人は奈良美智です。作品の題名は、〈UNTITLED(BROKEN TREASURE)〉。すべて大文字の英語表記です。日本語に訳すと、〈無題(壊れた宝物)〉という意味です。この作品は、徳島県立近代美術館が所蔵しています。

2 画面の全体について

一人の子どもが画面の真ん中に立っています。年齢は幼稚園児くらいでしょうか。身体はほぼ正面向きですが、この子から見てやや左を向いています。身体に比べて頭が大きく、ほぼ二頭身です。子どもは画面いっぱいに大きく描かれています。まるでアニメや漫画のキャラクターのように、シンプルな線と平坦に塗られた色で表現されています。背景は、淡い水色の空に薄い雲がかかったような色で塗られています。何もない空間に、子どもがぽつんと描かれています。

子どもの肌はうすだいだい色で、とてもすべすべしているように見えます。髪はやや茶色で、前髪は額の中心で左右に分かれています。横髪は耳にかけられ、大きな右耳が見えています。後ろ髪は背中ほどの長さがありますが、髪を結ばず下ろしているのか、後ろで束ねているのかは分かりません。

子どもは、半袖のワンピースを着ています。ワンピースの色は、みかんのような山吹色で、背景の水色のおかげでとても鮮やかに見えます。胸のあたりに暗い黄緑色のボタンが二つ縦に並んでいます。ボタンの形は横長の楕円形です。ワンピースの裾の下からは白色のパンツがはみ出て見えています。靴は履いておらず、裸足で立っています。

子どもは左手で一本の草を握っています。その草を私たちに見せつけるかのように、手を肩の高さくらいに上げています。草の先端には双葉がついています。草は茎全体の上から三分の一ほどの部分で折れていて、双葉は下を向いています。

3 子どもの顔について

目の大きさに比べて、鼻と口がとても小さく描かれています。パーツごとに詳しく見てみましょう。まず、目は顔全体の縦半分ほどの位置にあり、両目の間は離れています。目の形は、横長の楕円を半分に切ったボートのような形で、左目は時計の2時、右目は時計の10時の方向につり上がっています。黒目は半円形で、その中心は青色、その周りは黒色で表されています。黒目は、上まぶたの線にぴったりとくっつき、下まぶたの線との間には白目の部分が見えます。自分より上の方をじっと睨みつけているようです。鼻は簡略化され、二つの鼻の穴が丸い点で描かれているだけです。その下には口があり、赤色の太い線で表されています。口を少し開けているのか、一文字に結んでいるのかは分かりませんが、口角が上がっていないことは確かです。このようなつり上がった目や笑っていない口などから、怒っているような、不機嫌でふてくされているような表情に見えます。

4 作品の特徴について

描かれている子どもについて、もう少し深く考えてみましょう。この子はふっくら丸みを帯びた顔や身体をしており、服や背景などは甘いキャンディーのような明るい色合いです。一見すると、かわいい子どもの絵にしか思えないかもしれません。しかし、この子は何もない背景の中に独りぼっちで立っていることから、孤独で寂しい子のような気もしてきます。また、絵のタイトルの「壊れた宝物」とは、きっと手に持っている折れた草のことで、この子が自分で壊してしまったのか、誰かに壊されたのかは分かりませんが、大切な物が壊れてしまったかわいそうな子にも思えてくるでしょう。一方で、攻撃的な眼差しからは、大切な宝物が壊れたことへの激しい苛立ちや怒り、自分以外の他者に対する嫌悪や拒絶が感じられます。

このように、この子は多様で複雑な感情を持っており、それが表情や仕草を通して私たちに伝わってきます。皆さんも、自分の子どもの頃の体験やその時に感じた気持ちを思い返してみてください。もしかすると、子どもの時に抱いていた無垢で正直な思いや考えが、本当の自分なのかもしれません。

5 作家について

奈良美智は、1959年に青森県に生まれました。愛知県立芸術大学大学院を修了した後、ドイツの国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学びました。この異国での孤独な生活の中で、奈良は自分自身と向き合う時間が増えたと語っています。彼は、本当の自分は純粋な子ども時代にあると考え、真実の自画像として子どもを描いた作品を制作するようになりました。そして、1990年代半ばには、ナイフや包帯などを伴った険しく鋭い目つきの子どもが、奈良作品の典型的なイメージとして確立しました。この作品もその時期に制作されたものの一つで、奈良の内面を表現した自画像であると言えます。その後、2000年に日本に帰国し、この頃から奈良の描く子どもたちは挑戦的ではなく、穏やかで神聖な雰囲気を持つようになりました。作風を変えてもなお、彼の絵画は多くの人々の心を魅了しています。絵画のみならず彫刻や写真、インスタレーションなど様々なジャンルにおいて、世界的に活躍する現代アーティストの一人です

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堀内正和〈箱は空に帰ってゆく〉×

絵のない鑑賞タイム。徳島県立近代美術館の所蔵作品を、学芸員が、音声のみで解説します。はじめは作品の基本情報、次に作品の説明や特徴、最後に作家についてお話しします。今回は絵画ではなく彫刻についてご紹介します。

1 作品の基本情報

彫刻とは木や石、金属などを使って作られた立体的な作品のことです。当館では展示台の上に置いたり、床に直接置いたりしてお見せしています。

この作品はブロンズという銅を主成分とする金属と石の台座で作られています。大きさは、高さが86㎝、幅が36㎝、奥行きが36㎝あります。大人ひとりが抱え込むには少し大きいくらいです。基本的に展示台の上に置いて展示しています。

作られた年は1966年。この作品を作った作家は、堀内正和。徳島県立近代美術館が所蔵している作品です。作品の題名は〈箱は空にかえってゆく〉です。

2 全体について

黒く四角い石の台座の上に、人間の肘から先の腕の部分が一本、柱のようにまっすぐ立っています。身体の他の部分はありません。指は軽く開いていて、上には両手で持てるくらいの大きさの箱が乗っています。

腕の大きさはほぼ実物大で、爪や関節が写実的に表現されています。色は暗い銅色で、素材はブロンズです。箱は指5本の上に乗っています。色は金色で、周りの風景を鈍く反射しています。こちらもブロンズでできています。

さて、箱には正面から裏に向かって筒状のトンネルが貫通しており、向こう側が見えています。トンネルの中を見てみると、小さなサイズの手と箱があります。手は手首から先の部分しかありません。箱は指先から離れて上昇し、宙に浮いたような様子でトンネルの上部にめり込んでいます。そして、この箱にも正面から裏に向かってトンネルが空いていています。

上昇する箱に空いたトンネルの中には、先のものからさらに小さくなった手があります。しかし、今度は箱が無く、トンネルの上面に四角い穴が空いています。

3 作品の特徴について

大小二つの箱と大中小三つの手で構成された作品です。マトリョーシカのように一番大きな箱の中に小さな箱と手があり、小さな箱の中にさらに小さな手があります。そして、最後は箱が無くなっています。〈箱は空にかえってゆく〉という題名通りの作品です。

堀内によると、この作品において、上に上って空中に飛んでいくものを作ることと、彫刻に時間を採り入れることを試みたそうです。作品上面に空いた四角い穴は箱が空中に飛んでいってしまったことを想像させ、三つの場面を入れることによって時間を感じさせます。

また、無機物の箱と有機物の手が組み合わされている点も特徴です。手の表面には細かな線が施されており、箱の表面はなめらかに磨かれています。形、色、表面の処理で二つの対比が示されています。

絵画と違って彫刻は正面、横、後ろなど様々な角度から鑑賞することができます。この作品を横から見るとどうでしょう。箱に空いたトンネルは見えなくなり、一番大きな箱を一つ持ち上げているように見えます。また、後ろから見ると手のひらが見え、箱を支える腕の筋肉の動きがより分かります。しゃがんで見るのもいいかもしれません。そして、あなたの右手を上げてみてください。空にかえってゆく箱を見送る手の主の気分を味わうことができます。

4 作品の特徴について

堀内正和は日本の抽象彫刻を代表する作家です。幾何学的な金属の構成にユーモア感あふれる作風で知られています。

堀内は1911年京都市に生まれ、2001年に亡くなりました。18歳で二科展に入選するなど早くから才能を発揮し、彫刻家の道を歩み始めました。しかし、第二次世界大戦中には、病気の療養や、戦意高揚のプロパガンダに傾倒する彫刻界に対する疑問から制作を控えるようになりました。

堀内が抽象彫刻の作家として花開くのは戦後になってからです。また、京都市立美術大学の教授を務め、多くの後進の指導に当たりました。

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