あの作家の展覧会を見たいのですが…。

 時折、「あの作家の展覧会を見たい」というご希望をお聞かせいただくことがあります。2階のロビーに設置したアンケート箱に、美術館に対するお叱りやおほめの言葉に交じって、具体的な作家名をあげて展覧会開催のご希望が寄せられる場合があります。また、展覧会場を巡回している職員が、直接お話をお聞きする場合もあります。

 こういったお客様のご希望は、職員全員で持ち寄って検討させていただきます。しかし実際に展覧会の開催に結びついた例は、実をいうとあまり多くありません。この美術館は県民の美術館です。できるだけ県民の皆さまのご希望に添った運営を心がけています。それなのに、なぜこんなことになるのでしょうか。多少弁解がましくなりますが、このあたりの事情をご説明したいと思います。

 美術館が、これから開く展覧会を決める際に、押さえておかなければならないことがあります。いくつかあるうち、ひとつはこの美術館が「近代美術館」と名乗っていることです。設立当初から、現代に軸足を置き、そこに至る近代以降の美術の流れを紹介する美術館と位置づけられているのです。ですから展覧会で取り上げる作家や作品も、おのずと時代が限られてきます。もちろん厳密なものではありませんが、極端に古い時代となると、やはり難しいものがあります。

 次に、この美術館が「県立」の美術館だということです。多くの県民の皆さまに支えていただいている美術館としては、特定の分野に偏ることは許されません。もちろん全国の美術館を見渡すと、西洋美術あるいは日本画、ガラスエ芸といったように、はっきりと館の特徴を打ち出している美術館があります。特に東京のように数多くの美術館が集まっている街では、公立の美術館であっても特定の分野にシフトして、上手に住み分けています。しかし徳島の場合は、この美術館ができるだけ幅広い分野を押さえておく必要があると考えるのです。

 会場の都合、予算の都合を考えると、1年間に開ける展覧会の数は限界があります。開館以来、おおむね年5本で推移しています。この5本の枠で、現代に軸足を置いた美術館ですから、1年に1本は現代美術の状況を紹介する展覧会を開きたいと考えています。同時に徳島の美術館ですから、徳島に縁がある展覧会を、あまり間隔を空けずに開いていきたいと考えています。その上で、美術の幅広い分野を押さえていくとなると、個々のご希望にお応えできる余地はあまり多くないのです。

 ところで、展覧会を開催するには、短くて1年、長い場合は3年ぐらいの準備期間を費やします。この間担当学芸員は、作品の所在調査と出品交渉、輸送や展示の段取りなど、準備にかかりっきりとなります。ご所蔵家や他の美術館、遺族などから全面的なご協力が得られ、思いがけず準備がはかどった展覧会もあります。ところが散々調査したあげく、主要な作品が出品不能となって、泣く泣く断念せざるを得なかった展覧会もあります。また極端に経費がかかる場合は、全国の他の美術館にも声をかけて、共同開催の道を探りますが、どうしてもあと1館が見つからず、実現しなかったこともあります。展覧会の実現には運不運がつきまといます。

 結果として、お寄せいただいたご希望にお応えできた例は多くありません。しかし本館では、できるだけ県民の皆さまのご希望に添った運営を心がけていきたいと考えています。どうかこれからも、ご希望をお聞かせいただけたらと思います。


徳島県立近代美術館ニュース No.44 Jan.2003
2002年12月
徳島県立近代美術館 江川佳秀