[保存のはなし] みんなが保存の主人公

 保存のはなしも今回が最終回です。作品を傷める要因には、これまで紹介した光や温度や湿度のほかにも、大気汚染、力ビや虫の害、振動や人の不注意で起こる物理的な力による破壊などさまざまなものがあります。そして、これらの要因がいくつも合わさって作品に害をおよぼします。これを逆に考えれば、人や虫が近づけなくて、暗くて安定した清浄な環境にしまっておけば、作品は傷みにくく、後世まである一定の状態で伝えられるということになります。

 しかし、これでは、美術館では意味がありません。作品は人に見られることによりその価値が生じるからです。ところが、作品を人に見せるということは、保存の観点からは、作品に対して光を当て、温度や湿度が変化する汚染された大気中に置くというような、作品を傷みやすい状態にさらすということになります。ここで葛藤が起こるわけです。展示と保存という相容れない条件に、どう折り合いをつければ、現在のそして未来の人々に作品を示すことができるのか。

 現在の美術館の展示室の環境は、この問題を自然科学的に研究し、その成果を反映したものです。研究がもっと進めば不自由なく鑑賞していただける環境を提示することができるかもしれません。しかし、文化財に対する保存科学は、イギリスで19世紀の中頃に始まり、日本では昭和初期からという歴史しかありません。現状では、変化に対する適応能力の高い人間に多少の負担をかけることになっています。しかし、そのわずかな部分が人類の優れた遺産を後世に伝えるために重要なのです。展覧会をご覧になる皆様の、そのやさしさが作品の保存を担っており、未来の人々に大きく貢献しているのです。


徳島県立近代美術館ニュース No.28 Jan.1999
1999年1月
徳島県立近代美術館