人間表現を味わういくつかの視点

たとえば、上村松園(うえむら しょうえん)〈鴛鴦髷(おしどりまげ)〉(一九三五〔昭和一〇〕年 個人蔵)[右]を見てみましょう。二枚の手鏡を使って、きれいに結った自分の髷を見る若い女性が描かれた作品です。髪の乱れがないか確かめている姿にも見え、髷のできばえや、かわいい髪飾りが嬉しくて、眺めているようすにも思えます。身につけるものや髪形に流行りすたれはあるのでしょうが、今日の女性のなかにも、おしゃれの気持ちに共感したり、思春期の気持ちをよみがえらせたりする方もいるのではないでしょうか。上村松園は、同性としての女性を気品ある姿で描き出した人でした。

このような作品を見ていくと、装いに時代の移り変わりを感じる一方で、時代を超えて、画中の人物に心を重ねることのできる面があるのに気付きます。本展では、そんな鑑賞のきっかけとなるような視点をいくつか設けています。女性画家の作品は、松園だけでなく、梶原緋佐子(かじわら ひさこ)や、広田多津(ひろた たつ)小倉遊亀(おぐら ゆき)の作品も展示していますので、女性ゆえに表すことのできた表現に注目できるよう、「女性による表現」という簡単な解説も用意しました。本展では他に、「婚礼のよろこび」「母子像、母と子の姿」「人々の日常を描く」「心の奥に分け入って」など、合計10の視点を設けています。

尾形月耕(おがた げっこう)〈花見うらゝか〉(明治後期 当館蔵)は、「婚礼のよろこび」という視点と関わらせました。桜の咲く神社の境内に人々が集うようすが描かれた作品です。角隠しをつけた花嫁たちや、式に出席する人でしょうか、息を切らせて階段を登ってくる男性、ちょんまげを結った男性もいます。昔の姿に違いはありませんが、お花見の時期の少し浮かれた明るい雰囲気を、今日の祝いの日とイメージを重ねて見ることができるかも知れません。

同じ婚礼の場面といっても、高嶋祥光(たかしま しょうこう)〈蚕村活況〉(一九二六年 星野画廊蔵)は、雪国の旧家の婚礼です。日が暮れたころ、花嫁姿の新婦が、新郎の家に到着したところを表しています。透視図のように描かれたお座敷、集まった見物人たち、花嫁や新郎の家族たちを一つ一つ見ていくと、作家が生きた東北の婚礼のようすを細かく知ることができそうです。

このような「女性による表現」「婚礼のよろこび」などの視点は、異なった時代の作品を結びつけようとする見方ですが、人間表現がどのように移り変わってきたのか、歴史的な流れも気になるところです。展覧会では、コーナーで区分せずにおおむね古い作品から順に展示していますので、時代による人間表現の移り変わりをご覧いただきながら、ところどころに設けた視点となる解説により、題材の面からも楽しめるようにしたいと考えています。

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