徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
ドラ・マールの肖像
1937年
油彩 キャンバス
55.0×38.0
パブロ・ピカソ (1881-1973)
生地:スペイン
データベースから
ピカソドラ・マールの肖像
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徳島新聞連載1990-91 美術館ニュース 毎日新聞 四国のびじゅつ館 所蔵作品選1995 鑑賞シート「指導の手引き」より ピカソの版画

パブロ・ピカソ 「ドラ・マールの肖像」

友井伸一

 この絵は、女の人の肖像画ですが、よくみると少し妙な絵です。横顔のようですが、向かって左側の目は正面を向いています。鼻の穴も、前から見たように描かれています。そして、なによりもこれが横顔だとすれば、目や鼻の穴が二つとも見えるのはおかしいことに気がつきます。
 ピカソは、なぜこんなふうに描いたのでしょうか。たとえば、私たちは物を見るとき、カメラのように固定された一瞬だけの視点で見ていますか。いいえ、そうではなく、人間は、横から見たり、前から見たりしながら観察し、見ている対象を認識することができて初めて、「物を見た」と感じることができるのです。そんなふうに物を見るためには、瞬間的に見るだけではなく、頭で認識するための時間が必要である、ということにピカソは気がつきました。
 この絵には、そんなピカソの考えが反映しているので、一枚の絵に、いくつかの方向から見たところが同時に描かれています。
 まず、この絵の前に立って、横顔だと思って眺めてください。でも、向かって左の目を見ていると、だんだん正面を向いているような感じがしてきませんか。この女性が、不意にこちらを向いたように見えてきたら、その時あなたも、ピカソがこの女性を眺めた時間やその時に感じたことを、ピカソと共有することができるのです。
 この絵のモデルになっているのは、ドラ・マールという女性です。フランスで育ちましたが、旧ユーゴスラビアの建築家の娘で、本名はドラ・マルコヴィッチといいます。実は、恋多きピカソの恋人のうちの一人です。彼女自身も画家であり写真家でした。スペイン内乱が起こった一九三六年に知り合い、第二次世界大戦後までつきあいます。一九三七年、あの有名な「ゲルニカ」制作中の写真を、ピカソのそばに居て、数多く撮ったことでも知られています。
 さて、もう一度作品を眺めて、ピカソが彼女を眺めた時間をたどってみましょう。一体どんな女性だったのでしょうか。しっかりとした鼻筋や口元は、意志が強く勝ち気そうな感じがします。黒い衣装に紫色のスカーフを巻いているところは、なかなかエレガンスでおしゃれです。
 不意にこちらを振り向く彼女。そんな出会いに、ピカソはきっと、ドキッとときめいたに違いありません。
 この作品はいま県立近代美術館で開催中の所蔵作品展94-III「人のかたちと表現」に、来年の一月二十二日まで展示されています。◇県立近代美術館は一月四日まで休館。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈50〉
1994年12月29日
徳島県立近代美術館 友井伸一