徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
学芸員の作品解説
ドラ・マールの肖像
1937年
油彩 キャンバス
55.0×38.0
1937年
油彩 キャンバス
55.0×38.0
パブロ・ピカソ (1881-1973)
生地:スペイン
生地:スペイン
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ピカソドラ・マールの肖像
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徳島新聞連載1990-91
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徳島新聞 美術へのいざない
毎日新聞 四国のびじゅつ館
所蔵作品選1995
鑑賞シート「指導の手引き」より
パブロ・ピカソ 「ドラ・マールの肖像」
友井伸一
1936年、パリのカフェでピカソはこの作品のモデルとなったドラ・マールと初めて出会った。知的で、気持ちのゆれが激しく、刺激的なこの女性に、30歳近くも歳上のピカソは魅了されてしまう。彼女が身につけていた黒い手袋をピカソが譲りうけ、それをまるで宝物のように大切にしまっておいた、という逸話も残っているほど。前年の35年には、恋人マリー=テレーズとの間に子供が生まれ、正妻オルガとの不仲は決定的なものとなっていた。このドラ・マールの登場でピカソをめぐる3人の女の激しい争いが繰り広げられることになる。ドラ・マールはフランス育ちだが、旧ユーゴスラビアの建築家の娘で、本名はドラ・マルコヴィッチ。幼い頃にアルゼンチンに住んでいたこともあってスペイン語にも堪能だった。そして彼女自身もシュルレアリスムの画家であり写真家として活動していた。二人が出会った1936年はスペイン内乱が起こった年。ピカソの代表作<ゲルニカ>(1937年 ゼルヴォスのピカソ作品総目録 vol.9 No.65)制作中の記録写真を、ピカソのそばで数多く撮ったことでも知られている。
この作品は、顔の輪郭は横向きであるが、右目や鼻は正面を向いている。ここには様々な方向からの視点を一つの画面に同時に描くキュビスムの手法が表れている。背景の白い絵具を削りとるように、一筋の線が画面の右はしに引かれ、左肩の黒を灰色ににじませて、一筋の線を境に黒と灰色の面によるコントラストを生んでいる。大きくはっきり見開かれた瞳、挑発的な鼻などはドラ・マールの数多い肖像に共通するものであるが、それらはこの作品ではとりわけ、上品で優しく表現されている。同37年に描かれた、同じく彼女がモデルだといわれている<泣く女>(ゼルヴォスのピカソ作品総目録IX、No.73)の激しく泣き叫ぶ姿と比べると、それはまるで別人といえるだろう。スペイン内乱という社会的な事件が起こり、また3人の女性の間で苦しんでいたであろう時期に描かれた、穏やかなこの作品を、生前のピカソはずっと手元に置いていたのである。
「変貌するひとのすがた ピカソの版画」(コレクション+αで楽しむシリーズ)
2006年11月
徳島県立近代美術館 友井伸一
2006年11月
徳島県立近代美術館 友井伸一