アヴァンギャルドの時代

 20世紀の初頭は、イタリア未来派やロシア・アヴァンギャルド、ダダ、シュルレアリスムなどの芸術の前衛運動が盛んに繰り広げられた時代です。彼らは、装丁や文字組み、写真の利用などに斬新な感覚を盛り込んだ数々の本を制作しました。

 イタリア未来派の詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティは、1919年に<未来派の自由態の言葉>を発表します。それは、挿絵はないし体裁も簡素で、豪華さとはほど遠いものです。ページをめくると、活字の種類はまちまち、文字の大きさは大小バラバラ。文字の方向も斜めなっていたり、イタリア語なのに日本語みたいに縦になっていたりと、まさしく縦横無尽です。スピードや機械を賛美し、古いものをぶち壊して、過激な主張を宣言したイタリア未来派。その躍動感を文字組で表現しています。

 ロシア・アヴァンギャルドの画家・デザイナーのエル・リシツキーはマヤコフスキーの詩集<声のために>(1923年刊)をデザインします。それは、声を出して読むための詩です。音を伴うことを前提とした詩句を、文字と線、記号による構成で視覚的なイメージに転換させました。この本でおもしろいのは、一つの詩ごとに、ページの右側にインデックスが付けられていることです。ページをとばして一挙に目的の場所まで到達できるという本ならではの特性を、意識的に形にしています。これは、昨今のコンピューターが得意とするランダム・アクセスです。そのうえ、コンピューターのデータとは違って、確かな手応えのあるモノでもあるのです。

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 モダンデザインをリードすることとなったデ・ステイルやバウハウスの雑誌や書籍、ロドチェンコの実験的な写真が表紙になっているロシアの雑誌。また、破壊的な芸術活動を行ったダダの中でも一匹狼的な存在のシュヴィタースが、日常のゴミのような印刷物の切れ端に注目して作った本や、ピカソと並ぶ20世紀美術の開拓者デュシャンの、箱に入ったメモの集まりで作った作品など、いまだに新しさを失わない数々の本が作られたのがこの時代でした。それらは本の可能性を大きく広げていったのです。

図版: フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ<未来派の自由態の言葉>
1919年刊 アート遊蔵
エル・リシツキー<声のために>
1923年刊 大阪市美術館建設準備室蔵

 
 
 

 
 
 

目次
序 本の起源、美術の起源 … 本と美術の関わり
1 芸術家と本
2 アヴァンギャルドの時代
3 多様な戦後
4 60年代以降 アーティスツ・ブックスの時代
5 80年代以降